よろず屋☆蓮さんのブログ

己の己による己のための占い&ヨガ

ビギナーズ 日本の思想 空海『三教指帰』

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ご存知の通り算命学は、道教の中の神仙思想が土台となった中国に発祥した干支暦を元に、人を占う中国占星術で、陰陽五行を基本とした学問、帝王学と言われていますが、そもそも道教って?

算命学を勉強してきたのにそれも知らないの?!(◎_◎;)

台湾で、道教のお寺を巡って、お参りして、占いしてもらって、すっかり道教を知った気になってました。てへぺろ

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いや、なんとなくは、わかっていたつもりだったんだけどね。
それほど興味を持てなかったというのが正直なところ。
でも仏教を学ぶようになって、道教と仏教のそれぞれの特徴を知りたくなりました。
簡単に説明してくれている本はないかな〜と、Amazonで物色していたら、空海の『三教指帰』が、わかりやすいとレビューにあったので早速ポチってみました。

 

 

空海「三教指帰」―ビギナーズ日本の思想 (角川ソフィア文庫)

空海「三教指帰」―ビギナーズ日本の思想 (角川ソフィア文庫)

 

 



おっと!本を開いてみたら難しそう。私はこの手の本が苦手です。(^◇^;)
なぜかというと、読みにくい漢字が並ぶからです。
ところが、この本は、漢字にたくさんルビがふってあり、物凄くわかりやすい。
しかも面白かったので、一気に読めました。

この本は、日本最古の戯曲と言われ、空海さんが24歳の時(遣唐使として入唐する前)、出家を反対する親族に向けて、儒教、道教と比べながらいかに仏教が素晴らしいかを主張している本です。

物語は、兎角公という人物の甥に蛭牙公子という放蕩者がおり、儒教と道教で改心させるお話なんですが、それぞれが教えを説いていると、いかにもみすぼらしい身なりの人物、仮名乞児(空海がモデルと言われてます)が現れ、仏教が最も優れていることを論じていきます。


<この小説の登場人物>

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儒教代表は、亀毛先生

亀毛先生は、舌先が少しでも動き始めれば枯れ木も花が咲くほどであり、先生のことばが少しでも述べられると野ざらしのドクロに生気がよみがえるほど、才能豊かで、弁舌が爽やか。さらに中国の代表的な古典「易経」「書経」「詩経」「春秋」「礼記」等の九つの書物、あるいは八卦の説などを全て記憶しているほど。

亀毛先生はおっしゃいました。



善い環境を選んで家を作り、善い郷土でお暮らしなさい。道を握って床とし、徳をひっさげて、褥とし、仁を席として座り、義を枕として臥し、礼を寝巻きとして、眠り、信を衣服として生活をしてごらんなさい。〜略これまでに私がお話しした道を習い、良い目標に向かって努力してごらんなさい。そうすれば、両親に孝行ができるし、主君にも忠節がつくせます。また、友人と厚く交わるという徳も実行できますし、子孫の繁栄を見る慶びも満たされましょう。世に処し身を立てるの根本、名誉ある生活を送るの要綱は、けだしこのようなものといえましょう。聖人の孔子さまも言っておられます。「耕すときは餒その中に在り、学ぶときは禄その中に在り」(努力して耕せば必ず食糧が得られるし学問をすれば必ず高い身分を得られる)と。

 

 簡単に言っちゃうと、道を習い、人を敬い、人を愛し、世のため、人のために行動する。広い知識を持って、善い目標に向かって努力すること。両親への孝行!主君への忠義!子孫繁栄という道徳的な教えが儒教だということがわかりました。




次に登場されるのは

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道教代表の虚亡隠士 先生

 

隠士先生はおっしゃいました。

「よろしい。あなたたちつつしんで聴くがよい。これからあなたたちに不死を得る神術を授け、長生の秘術を説いてあげよう。
その昔、秦の始皇帝や漢の武帝は、心では仙人の道に憧れてはいたが、現実の生活は全く世俗の人と同じであった。鐘や太鼓を騒々しく鳴らし、錦や繡の豪華な衣装や調度品できらきら輝かせ、美女たちを常に侍らせてはなさず、新鮮な魚や、生ま生ましい獣肉を食べ、その上、戦いに臨んでは相手を大勢殺して塚のようにしかばねを積み重ね、流れ出る血は川となるほどであった。これでは仙人を目指すのと正反対をいくことになる。〜略〜
世俗の欲望を捨て去っていくならば何もしなくとも次第に静かな無為の境界に入り、その静けさの中で、次第に世事を減少させていくのである。

さて、修行が道にかなっていて、仙術を体得できた暁には、自身の形を変えることも、白髪に若返らすこともできる。自由に生命や寿(よわい)を延ばすこともできるし、死期を記載してある鬼神の簿籍から何回でも名前を削除して、永く久しく生存することもできる。高く天空に昇っては自由に飛びまわり、低く下方に降りてきては水面を自由にさまよえるのである。そして心のおもむくままに世界のすみずみまにまで馳り行き、大空のどこへでも翳りたわむれることができる。

 


どうやら道教の教えは、世俗を捨て仙人のような生活をすれば、不死を得る秘術を得られるそうです。そして、仙人になれたあかつきには、アンチエイジングはもちろん!自由に寿命を延ばすばかりか、天上ツアーに行けちゃうらしい。
えーーー?道教の最大の理想は、不老不死の仙人になる事だったの?



さーて!真打の登場ですよ。

仏教代表 仮名乞児先生

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儒教、道教の先生方の素晴らしいお話が終わった後

要するに、乞児から見ればこの両名は、それぞれ自分の議論だけが正しいと思い込み、相手が間違っていると確信してしまっているのです。乞児先生はこう思いました。「彼らの溜まり水の流れほどの力の弱い弁説や、かがり火ほどの貧弱な議論であっても兎角公や蛭牙公子をいたく感動させている。まして私は法王たる仏陀の教えを嗣ぐものである。仏教の強力な鉞で、蟷螂の斧にも似た世俗の思想を打ち負かさないでよいものか」と。

そこで乞児は、智慧の刀をとぎすませ、弁説の泉湧きあがらせて、説得力を準備し、忍辱の介(よろい)をつけ慈しみのはやうまに打ちまたがって、柔和なものごしと慈愛のこもった心構えで、遅くもなく、早くもなく、堂々と両名の陣に向かっていきました。



まさにアネカンタだわ。 (非独善・非唯一の教え)


”智慧の刀をとぎすませ、弁説の泉湧きあがらせて” 


この表現、好き。
このまま乞児先生は、二人の先生を仏教の強力な鉞でバッサリいっちゃうのね💕と、私の心の中は、水戸黄門の印籠を出す直前のワクワク感でいっぱいだったのだけど、なんと!!乞児先生は、直接の論戦を避けて、それぞれに手紙を書いて仏教の教えを説くのでした。この展開は、想像していなかったので、恐れ入りましたの一言です。”柔和なものごしと慈愛のこもった心構えで”と言っていましたね。ここで、論戦を繰り広げてしまったら、仏教の教えとはいえないですもんね。

様々な宗教がありますが、その哲学が時代を経て、また国を跨いでいくことで、混在し、これが仏教でここまでが儒教だ!道教だと区別することじゃなく、コナンくんじゃないけど「真実は一つ」。真の心の安らかさを求めていくことなのだと思えた一冊でした。